NPO法人 米蔵の会 富山県魚津市の米騒動を研究

→魚津米騒動の物語「浜に立つ女たち」を立ち読みできます。

短編小説 『浜に立つ女たち』

書籍のお問い合わせは、NPO法人米蔵の会(森のゆめ市民大学 内:0765-31-7002)まで。

フォーラムなどについての記事が北日本新聞に掲載されました

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    4月4日に開催されたフォーラムの様子などについて紹介した記事が4月5日付けの北日本新聞に紹介されました。





    <生地の内容>

    米騒動時の食事体験

     魚津市本町に建つ米騒動ゆかりの十二銀行(現北陸銀行)米蔵の修繕工事を記念し、NPO法人・米蔵の会(慶野達二理事長)は4日、近くの大町公民館で、米騒動が発生した大正時代の漁師の食事「朝まま」を再現し、貧しかった当時の生活を体験した。第16回フォーラム米騒動も開き、米騒動の意義を学んだ。

     大正7(1918)年に発生した米騒動は、旧十二銀行米蔵から汽船へのコメの積み出しを漁師の妻たちが阻止しようとしたことがきっかけとされる。フォーラム米騒動は、史実を風化させず、米蔵の歴史的価値を再認識しようと、同会の前身・米騒動を知る会が3年前に始めた。
     朝ままは未明の料に出る前の食事。「富山の食の伝承人」の認定を受けている魚津漁協女性部長の大黒富子さん(76)が担当した。主食の「湯漬け」は前日の冷や飯を熱湯にさっと入れて出来上がり。大黒さんは「少ない米を水で量を増やし、冬場は寒い体を温める意味がある」と話した。湯漬けにカブの塩もみを乗せ、ウマヅラハギの干物と煮物、魚の煮汁を付けたカブの葉も用意した。
     試食した慶野理事長は「毎日この食事だと貧しさを感じるが、素朴な味そのものはおいしい」と感想を話した。メンバーたちは「おかゆにしないのは、米を食べている実感を持ちたかったためだろう」などと話した。
     フォーラムでは毎日新聞大阪本社編集局の相原洋学芸部長が講師を務めた。当時の大阪毎日新聞が、高岡からの情報で全国紙として初めて米騒動を取り上げたことを紹介し「政府の言論弾圧に挑み、地位を確立した時代」と話した。


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