NPO法人 米蔵の会 富山県魚津市の米騒動を研究

→魚津米騒動の物語「浜に立つ女たち」を立ち読みできます。

短編小説 『浜に立つ女たち』

書籍のお問い合わせは、NPO法人米蔵の会(森のゆめ市民大学 内:0765-31-7002)まで。

2.米騒動の広がり

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    米価が急騰をはじめた7月頃から、魚津や富山では窮乏した民衆が役場に救済を求めていたが、7月23日の事件は、7月25日付けの地元紙富山日報と北陸タイムスで県内に大きく報じられ、富山日報では「米は積ませぬ 魚津細民海岸に喧騒す」、北陸タイムスでは「一揆米屋を襲う 魚津町にいよいよ生活難の殺気」と見出しがつけられた。


     これ以降、27・28日には東岩瀬町で、8月2日には泊町で救済哀願の動きがあり、同日高岡市で米小売商が大商人の貯蔵米の売り渡しをせまる事件も起きた。さらに翌3日、西水橋町では約300人が、4日には東水橋町では約700人が地主・米穀商宅へ米の廉売や積出し阻止などを求めて集まり、大騒動となった。同様の出来事は滑川町、生地町・石田村(現黒部市)、四方町(現富山市)、横山村(現入善町)でも次々と発生したが、8月6日から8日にかけて、滑川町では一時、東西両水橋の主婦らも合流し2,000人もの群集が大米穀商を襲ったり、汽船への米の積出しを阻止するなどの騒動を起こし、警官隊と対峙した。
     3日の西水橋と6日の滑川の事件は『越中女一揆』として大阪や東京の大新聞をはじめ、各地の地方紙にも報道され、8月9日には岡山と名古屋、10日には京都、さらに大阪、東京と参加者が一千万人を越すといわれる全国的な米騒動に広がった。

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