NPO法人 米蔵の会 富山県魚津市の米騒動を研究

→魚津米騒動の物語「浜に立つ女たち」を立ち読みできます。

短編小説 『浜に立つ女たち』

書籍のお問い合わせは、NPO法人米蔵の会(森のゆめ市民大学 内:0765-31-7002)まで。

米蔵修繕終了についての記事が北日本新聞に掲載されました

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    米蔵の修繕が完了したことを紹介する記事が平成22年3月28日付けの北日本新聞に掲載されました。





    <記事の内容>

     魚津市本町に大正時代の米騒動時代のまま建つ旧十二銀行(北陸銀行)米蔵の修繕工事が終了した。週明けにも最後の看板取り付け作業が行われ、業者から所有者の魚津水産に引き渡される。崩壊の危険性があった石積みを組み直し屋根をふき替えた米蔵は、黒色の板張りで覆われ、往時の姿を取り戻した。(新川支社次長編集部長 水野敏雄)

     大正7(1918)年に発生した米騒動は、旧十二銀行米蔵から汽船へのコメの積み出しを漁師の妻たちが阻止しようとしたことがきっかけとされる。米蔵は高さ6.5mの木造かわらぶき平屋建て、広さ445屬如■靴弔良屋に仕切られている。
     同市教育委員会が3年前、県建築士会魚津支部から「南側壁面の外壁が崩れる可能性があり、屋根とともに早急な対策が必要」という報告を受け、歴史的遺産として保全を提案。同社が市のみなとまちづくり事業の助成(3千万円)を受け修繕した。
     修繕は昨年11月に始まり、南側壁面は約750個の凝灰岩の石積みをいったん外し、傷んでいた石を交換して組み直した。屋根瓦も破損していたものを補充してふき替えた。
     修繕前、壁面は石積みの上からモルタルが塗られていたが、後年に塗られた可能性が高い。米騒動当時、米蔵がどんな状態だったかを示す資料がないため、県内の古い蔵を参考に周囲を黒い板張りにした。同市教委は「今回は保全が基本。あとで資料が出てきても板張りならば、すぐ手直しができる」と話している。
     NPO法人・米蔵の会(慶野達二理事長)は米蔵の修繕完了を記念し、4月4日午後2時から大町公民館で米騒動フォーラムを開く。米騒動のニュースは高岡新報(北日本新聞の前身の1つ)の情報提供をきっかけに全国紙に広まった。毎日新聞大阪本社の相原洋学芸部長が講演するほか、同市教委の修繕についての報告や現地見学会もある。事前申し込みは不要。参加費千円。

    第16回/フォーラム米騒動

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      第16回/フォーラム米騒動

       

      米騒動の証人、米蔵の修繕がこのほど完了しました。
      魚津の浜の女たちが、米の積み出しを阻止した。空荷で魚津沖を出航した蒸気船・伊吹丸。富山の新聞人と中央の新聞人の連携が、米騒動の全国展開に大きな貢献をした。



      修繕完了記念フォーラム

      日 時:平成22年4月4日(日) 午後2:00〜


      会 費:1,000円


      会 場:大町公民館ホール 電話:0765-24-4470 


      演 題:「新聞人の心」


      講 師:毎日新聞社大阪本社編集局 学芸部長 相原 洋 氏 



      ※修復された米蔵の特別現地見学会:午後3:30〜4:30






      毎日新聞に米蔵の会関連の記事が掲載されました

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         2009年12月10日付、毎日新聞社会面に「米蔵の会」関連の記事が掲載されました。



        <記事の内容>

         情報は事態を動かす。富山県で始まった1918(大正7)年の米騒動は地元紙と全国紙の報道で全国に広がり、軍による弾圧や言論統制で乗り切ろうとした寺内正毅内閣は総辞職に追い込まれた。騒動の現場となった富山県魚津市のNPO法人「米蔵の会」会長、慶野達二さん(65)は「ジャーナリズムが日本の民主化を促した画期的な運動だった」と話す。
         魚津港近くには騒動の証人とも言える旧十二銀行の倉庫(米蔵)が現存し、市の補助金で修繕工事が始まっている。同会は07年から15回のフォーラムを重ね、米騒動の実相を検証し、倉庫の保存にも尽力してきた。慶野さんは「地元では暴動として『負の歴史』視されてきた面もあるが、格差社会の現代に通じる民衆運動であり、正しく評価する必要がある」とその意義を語る。
         共産主義政権が連鎖崩壊した東欧の民主化でも、衛星放送が大きな役割を果たしたという。独裁国家が言論統制をするのは、情報が市民に力を与えると知っているからだ。自由なメディアは空気と同じで、なくなれば社会は窒息する。その重みを胸に刻みたい。      【増田 宏幸】

        第15回 フォーラム米騒動

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          第15回 フォーラム米騒動開催のお知らせ


          日 時:平成21年11月28日(土) 14:00〜

          会 場:大町公民館(魚津市大町 0765-24-4470)

          会 費:1,000円



          演 題:「米騒動と新聞人」(仮題)

          講 師:真柄 一志 氏(魚津市立図書館長)



          当時の第十二銀行の前を駆け抜けた魚津の女性たちの哀願行動が、全国へ燎原の火のように広がった。
          その原動力は、広い視野と気概のある、地方と中央の新聞人たちの連携にあった。

          米騒動の蔵修復開始

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            米騒動の発端といわれる米蔵の修復が始まりました。

            詳細について、11月5日付けの富山新聞に掲載されています。




            <記事の内容>

             1918年の「米騒動」の発端といわれている魚津市本町の米蔵修復が始まった。
             幅40メートル、高さ6.5メートル、奥行き11メートルの瓦ぶき屋根の木造平屋で1914年建築。現在は水産会社が事務所や倉庫として使用しているが、築90年以上が経過し、老朽化が激しくなっていた。
             修復は、傷んだ瓦屋根を外し、床板を取り換えるほか、石積みの壁を解体して基礎から組み直す。
             市が費用約3000万円を負担。この日は、はがれかけていた壁のモルタルを取り除く作業が行われた。来年3月上旬に終わる予定。
             米騒動は1918年7月、米価の高騰に苦しむ漁民の主婦ら数十人が、十二銀行(北陸銀行の前身)所有のこの米蔵前に集まり、米を船に積み込む作業を阻止しようと騒ぎになり、全国的に波及した。
             市は「修復で昔の状態に近づけ、文化財としてPRしていきたい」と話した。




            現在工事中です




            石積みの壁を解体中






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            • 6.米騒動をもっと詳しくしりたい人のために
              KADOGUTI MUNEHIRO
            • 4.富山県における米騒動の歴史
              越の国

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