NPO法人 米蔵の会 富山県魚津市の米騒動を研究

→魚津米騒動の物語「浜に立つ女たち」を立ち読みできます。

短編小説 『浜に立つ女たち』

書籍のお問い合わせは、NPO法人米蔵の会(森のゆめ市民大学 内:0765-31-7002)まで。

短編小説 『浜に立つ女たち』

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    90年前。

    魚津の漁師町の「米騒動」は、母親たちの家族を守る行動でもあった。

    これは、その後に続く、女たちの物語りである。

          推薦者 西頭徳三【富山大学長 農学博士(農業経済学)】


    浜に立つ女たち



    短編小説
    『浜に立つ女たち』

    著者 大成勝代
    発行者 NPO法人 米蔵の会

    定価 1,000円(税別) 桂書房



    1.米騒動のはじまり

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       大正7年(1918)年7月23日、北海道への米の輸送船伊吹丸が魚津町に寄港した。おりからの米価高騰に苦しんでいた漁師の主婦ら数十人が、米の積み出しをおこなっていた大町海岸の十二銀行の米倉倉庫に集まり、米の積み出しをやめるよう要求し、このため米の搬送は中止された。その夜、百数十人に膨れた彼女たちはさらに、町内の米穀商宅に押しかけ、移出中止を求めた。これが時の内閣を総辞職に追い込んだ大正7年の米騒動の確実に裏づけのとれるはじまりである。

      2.米騒動の広がり

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        米価が急騰をはじめた7月頃から、魚津や富山では窮乏した民衆が役場に救済を求めていたが、7月23日の事件は、7月25日付けの地元紙富山日報と北陸タイムスで県内に大きく報じられ、富山日報では「米は積ませぬ 魚津細民海岸に喧騒す」、北陸タイムスでは「一揆米屋を襲う 魚津町にいよいよ生活難の殺気」と見出しがつけられた。

        3.米騒動の原因

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           米騒動の直接の原因は、大正7年(1918年)7月からの米価の高騰にある。第一次世界大戦による物価の高騰は特に米が著しく、米の需要増大と米不足、および米不足につけこんだ大地主や商人が、買い占めや売り惜しみを始めたことが米価の暴騰につながった。さらに、日本軍によるシベリア出兵決定による軍用米の買い付けが投機的取引を激化させ、米価暴騰に拍車をかけた。
           富山市における米価の推移をみると、大正5年後半から上がりだした米価は、大正7年3月以降は前年同期の二倍近くにはねあがり、内閣がシベリア出兵を決定した7月中頃から急上昇した。

          4.富山県における米騒動の歴史

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             米騒動といえば、全国的には大正7年(1918)の騒動が著名であるが、富山県では、明治以降だけでも毎年のように、米価暴騰による騒動が記録されている。明治2年のばんどり騒動のように県東部全域をまきこみ、数千人が参加した大規模なものは、その後発生していないが、新川地方の沿岸部を中心に、漁民の婦女の米積出し阻止行動が頻発している。
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            • 6.米騒動をもっと詳しくしりたい人のために
              KADOGUTI MUNEHIRO
            • 4.富山県における米騒動の歴史
              越の国

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